―-  返し  -―
























桜は満開の時を終え、静かにその身を風に任せ始めていたその日。
浦原はいつもの羽織を羽織って、下駄を転がせていた。


「…………。」


ボォっと、嫌になるくらい澄み晴れた空を眺めつつ歩く。
すると、奥の方で角を曲がる金の髪と曲がった背中が見えた。


「え…?」


カツンッと反射的に次の一歩は大きくなった。
下駄を転がす音も大きく、速くなり、いつもの羽織が邪魔になった。
急いで見えた方向へと向かうと、捜し求めた金の髪は既に遠くへと逃げている。


「-―…サン!!」


久しく出していなかった大声を上げて、彼を追う。
震える手のひらを固く握り締め、逃がすものかと必死に走る。

しかし彼も素早く逃げていき、縮まらない距離のまま二人は走り、閑静な住宅街を駆け抜けた。
過ぎ去る車は真横を走り、髪を掠める。
浦原は、曲がってきた車のために立ち止まった男の隙を見逃さず、逃げる彼を捕まえた。


「…ッハァ…ッ…ッハァ…。」


言葉も出せない。
信号は青色のランプが点滅し、赤となった。


「……な…んで、逃げるんスか。」

「…何…で、追うねん。」

「アナタが…ッハァ、ッハァ…いなく、なったから。」


二人は膝に手を置いて、息を整える。
そしてランプが次の赤になると、観念したように『もう逃げへんから、離せ。』と男は呟いた。
浦原が言われた通り手を離すと、男は近くの車止めに腰掛け、今度はきちんと浦原の顔を見つめる。


「なんやねん。」


しかし、その顔は不機嫌そうに歪んでいて。
浦原はガードレールに腰かけて、唇を噛んだ。


「何で、いなくなったんスか。」

「今か?」

「惚けないで下さい。こっちに来て、直ぐの時っスよ。」


そう言って、浦原は男を睨んだ。
すると男は頭を斜めに傾けて、視線を浦原の後ろを過ぎ去るトラックへと向けた。


「…聞いてるんスか。」


浦原は男のその態度に腹が立った。
いつも何を考えているか判らない、昔から変わらぬその態度。
男の頭は浦原の声を聞くと再び真直ぐに向き直って、浦原を見つめた。


「嫌いやねん。」

「…何が?」

「オマエ。」


クシャッ、と金の髪を細長い指が通り、前後に動いた。
そしてその目は面倒臭いとでも言うように、浦原を見つめる。


「感謝はしとる。」

「…………。」

「せやけど、オマエは好かんねん。」

「だから、出てったんスか?」

「そういうこっちゃ。」


浦原はこう言われても冷静な自分自身とその男が、嫌になった。
そして心の中で、嘲笑した。


「何故?」

「判らへんのか?」


男は口元だけに笑みを浮かべる。


「俺の記憶、多分全員の記憶もやと思うねんけど、切れてんねん。」

「切れる?」

「あの夜。気ぃ失って気付いたらこの身体になって、こっちにおった。」

「…………。」


男は自身の手のひらを開閉して眺めると『意味判らへんかった。』と呟いた。


「オマエに聞いても、ろくすっぽ答えんで引き篭もっとるし、オマエの従者も答えへん。」

「…………。」

「まァ、大体予想できとるけどな。…でも、あくまで予想や。」


男は手のひらから視線を移し、帽子に隠れる浦原の顔を見た。

影は丁度浦原の肩辺りで切れ、生垣の草が揺れるのが肩に映る影で判った。
しかし、浦原の肩が動いたせいで唯一浴びていた光はなくなり、浦原の身体は完全に影の方へと入り込んだ。


「その質問に、答えればいいんスか?」

「今答えるっちゅうことは、今は言っても平気っちゅうだけやろ。」

「…よく、お分かりで。」


浦原は苦笑して、男を見つめた。
男は溜息をついて、顔を上げる。


「俺は、オマエが嫌いや。」

「…そっスか…。」

「…………。」

「…………。」


影は次第に移動して、横断歩道の三分の一まで攻め入った。


「この義骸、何で若く造られてんねん。」

「………気付いてたんスか…?」

「当たり前や。髪切られた位で気付けへんわけないやろ。」

「結構自信…あったんスけどね。」

「アホか。」


乾いた笑いが通りに響く。
車の往来も昼間のこの時間帯のせいか、少なくなっていた。


「…で、何するつもりや。」

「……アナタに、頼みたいことがありまして。」

「オマエじゃ駄目なんか?」

「ボクの姿、見られちゃうと思うんスよ。」


浦原は帽子を深く被り直し、両手をガードレールにつけて、足を揺らした。


「駄目…っスかね…。」


カラン、と鳴って下駄が転がる。
下駄は一回転すると、鼻緒部分を上に向けて止まった。


「…受けるわけないやろ。」


男はそう言うと立ち上がり、首をコキコキと鳴らした。
そして、転がってきた下駄を見て笑う。


「ほら、雨が降るらしいで。はよ帰り。」


浦原が顔を上げると、その姿はなかった。


「……雨?」







家に帰ると、居間に飾ってあるカレンダーは捲られていて新しい月になっていた。


「四月…。」


浦原は一年に一度だけ嘘が許される今日の日付を指でなぞった。
そして今頃笑っているであろう彼を思い浮かべる。


「……本当に、憎たらしい人っスね…ッ…。」


『騙された。』と忌々しげに口にした浦原は、その言葉とは裏腹に安堵の溜息をついて膝を抱えた。
震える肩の理由は、突然訪れた安堵からか、その仕打ちからか、過去への後悔からか。


「……大ッ嫌いだ…っ…」


仕返しにしては酷すぎる、けれど思い返せば甘すぎる言葉を吐いた彼に向けて、呟いた。




































Dear.Saku

Thanks!! 10000HIT.
Title:『喜助さんを泣かせる平子さん(平浦)』

By.Ba 【Baby-tooth


Ba様から10000HITリクエストで頂きました~v
素敵過ぎるっv
ありがとうございましたっ!