――チリン――チリン―――― また、鈴の音が暗闇の中・・聞こえてくる。 今夜はこの鈴の音の正体に出会ってしまう日。己の人生が、否応無しに巻き込まれていく日だとは誰も知ることはなかった。 只今PM:6時55分。一護は門限は7時だ。間に合わないと夕食抜きという、食べ盛りの高校生には恐ろしい罰が待っている。 そんな理由で一護は今、必死に走っていた。 ・・・はぁはぁっ。やべっ、マジで急がないと間に合わねぇーぞ。1秒でも遅れたら…親父の奴、容赦ねぇーからな。 そんな事を考えつつ、猛ダッシュで急いでいると ―チリン―― 何処からか、鈴の音が聞こえた気がした。 一護は足を止め、辺りを見回すが特に何もない。 「気のせいか・・。」そう呟いて家路に戻ろうとすると、今度はハッキリと鈴の音が辺りに鳴り響いた。 鈴の音が聞こえてくると言っても、何処かの飼い猫あたりがうろついているだけかもしれない。 それに門限まで時間がなく急いでいたはずなのに・・一護にはもうそんな事は頭には無く、音の正体だけが無性に気になって仕方なかった。 音が聞こえてきたと思われる路地・・そこに俺は一歩一歩、近付いていった。 路地は街灯も無く闇が広がっていた。 闇の中、目を凝らして辺りを見回すが…特に何も居ない。 緊張の糸が切れたせいか、ふぅ…と一息つき、その場を去ろうとした瞬間・・・目の前を何かが横切った。 俺は驚いて思わず一歩後ずさったが、その正体を確かめようと何かが横切って行った方を見た。 すると塀の上には淡い金色の毛をした一匹の猫がいた。 ――――っ!― その猫と眼が合った瞬間、声にならない程の衝撃が俺を襲った。 金色の毛・金色の瞳・・その猫は、なにか神秘的にさえ思わせる程、美しく…思わず見惚れていた俺はその場に立ち尽くしていた。 いつまでそうしていただろうか・・。 金色の猫は黙ってこちらを眺めていたが、にゃぁ~と一声鳴いて…その場をあっという間に去っていった。 それでも俺は、しばらくの間…その場から動けずにいた。 その後、我に返って慌てて帰るのだが…門限に間に合うはずもなく、親父にはこっ酷く叱られてしまった。 夕飯は妹が気を使って夜食におむすびを作ってきてくれたので、何とか飯抜きは免れた。 今日は散々な日だったと思う。それでも俺は…あの金色の猫の事が頭から離れる事は無かった。 翌日、どうしても昨夜の猫が気になってしまい、放課後授業が終わると直ぐ…昨夜の路地に足を向けた。 だが辺りを隈なく見回しても、猫の一匹も見つからない。 いや…そもそも同じ場所にいるとも限らないのに、なぜ俺はこうまでしてあの猫を探すのか? 手がかりも何も無い。鈴の音がしたし、もしかしたら飼い猫かも知れない・・。 それなのに…自分でも判らないが、どうしてもあの猫にもう一度会いたいと思ってしまっていた。 ・・・何やってるんだか。自分のやっている事に呆れつつ、もう帰ろうとその場を立ち去ろうとした。 すると足音が段々と響いてくる。こんな路地に来る奴なんて珍しい・・と思いつつ、気にせず帰ろうとすると思いかけず声を掛けられた。 ・・何だ!?他校の連中か何かか・・? てっきり絡まれたのかと思い、睨みつけながら相手を確かめると…そこには先日本屋で会った怪しい男が居た。 「こんにちはv・・またお会いしましたね。」 嬉しそうにニコニコしながら、話しかけてくる。 相変わらずの怪しい格好・・言動・・・間違いない。本屋で会った奴だ。 もう会うことは無いだろうと思っていたのに、こんなに直ぐ会った事にも驚いたが…なんでコイツがこんな場所に居るのかと言う事に驚きを隠せなかった。 そんな事は露知らずと、男は話を続けた。 「いやぁ~、きっとまたお会いできると思ってたんですよ。この前は…お名前、聞きそびれちゃいましたもんで・・宜しければ是非、お伺いしたいんすが~。」 あいかわらず間延びした口調でヘラヘラと話しかけてくる。 俺はそんな男の質問は一切無視して、きつい口調で疑問を問いかけた。 「おい・・お前、なんでこんな事に居やがるんだ!?」 普通は通らない裏路地。男がここへやってきたのが偶然とは何故か思えなかった。 もしかしたら、あの猫のことを知ってるかもしれない・・。 何故だろう?この不思議な男なら知っているのではないかと、心のどこかで思ってしまっていた。もしかしたら男の髪色が・・あの猫と同じ、淡い金色だったからだろうか。 そんな期待が込められているとは知ってか知らずか、男の返答は実に簡単な物だった。 「何故って?・・そりゃ~ここ、アタシん家までの近道ですからっ。」 さらりと帰ってきた答えにそんな期待も打ち砕かれて、話など頭に入ってこず呆然としてしまった。 そんな俺を見て、 ――どうしました~?大丈夫ッスか?―― などと声を掛けてきながら・・ 「それを言うなら、君はここで何をしていたんスか?」と、逆に質問をしてきた。 「―――っ!!・・それは・・・。」 言える訳が無い。昨夜見掛けた猫の事が気になって、探していたなんて・・。きっと馬鹿にされるに決まってる。 そう思い、口を摘むんで難しい顔をしていると・・ 「まぁ、それは置いといて!――えっと・・君、この間の本読み終わりましたか?」 急に別のことを聞いてくるので戸惑ってしまったが、「あぁ・・。」と何とかその一言だけは伝えられた。 すると、相変わらずヘラヘラと笑いながら「そうッスか。――では、先程お話ししましたが・・この先にアタシん家があるんすよ。「浦原商店」っていうんすけど知ってますか?ここでまたお会いしたのも何かの縁!お茶ぐらいならお出し出来ますので、是非寄って行って下さいなv」 話が逸れたのはいいが、人が戸惑ってる間にペラペラと喋ってなにやら可笑しな方向へ話しが向かっている。 「なっ!なんで俺がっ!?」 いかなきゃいけないんだ・・・と叫びたかったが、それより先に男は 「だって君、あの本買ってったでしょ?――アタシもあの本の感想とか聞きたいんですもん。」 ――君が・・あの最後の一冊を買って行ったのがいけないんスよ――― なんて理不尽な事を囁かれ、けれど何故かその声に逆らうことは許されない響きを感じ…渋々ついていく事にした。