鈴の音に誘われて3

  

 

男と一緒に路地を通り過ぎていくと、そこには確かに「浦原商店」という店が建っていた。

こんな店あったのか!?同じ町内なのに、今まで全く気づかなかった。

そんな事を考えていると、男は引き戸をガラガラと開けて正面から入っていき「どうぞ、どうぞ~っv」と手招きをしてくる。

ここで帰るわけにもいかず、男の後について店の中に入って行った。

 

店に入るとそこには沢山の駄菓子が置かれており、駄菓子屋だということが判る。

そのわりには、客が一人も見当たらないが・・・。

俺は居間に案内され、そこに座るように進められた。

すると奥からバタバタと足音が聞こえ、「申し訳ありません店長!お客様であらせられますかっ!?」と大声で登場したのは、妙な髭に眼鏡を掛けたやたら迫力のある大男だった。

「あ・テッサイ、丁度良かった。この子にお茶出して上げて下さいな。」

男はやってきた大男に対して平然として言う。

 ―こちらの方は?― と聞かれて、「あぁ~。そういえば、まだお名前お伺いしてませんでしたね。お聞きしても?」

男は俺の方に向き直って、相変わらずヘラヘラと笑いながら聞いてきた。

ここで聞かれて名乗らない訳にもいかず…「・・・黒崎一護。」と名前だけボソッと呟いた。

すると男は嬉しそうに笑い、「黒崎・・一護さん・・ね。」と名前を反芻し 「「一護」で合ってる?」と聞いてくる。

初対面で名前の漢字を間違われないのは珍しく、合ってる事を伝えた時に少し照れくさかった。

 

「では黒崎さん、アタシの事は…浦原とでも呼んでくださいな。こっちはテッサイ。まぁ、ウチの従業員ってとこですかね。―――テッサイ、この子はアタシの大切なお客なんで宜しく頼みますよ。」

男…浦原さんがそう言うと、テッサイさんは「ハッ、畏まりました。」と言い、「宜しくお願い致します、黒崎殿。」と俺に丁寧に挨拶をしてから裏へと戻っていった。

なんというか、浦原さんといいテッサイさんといい…この店には変わった人ばかりだ。でも悪い人には見えないと思った。

 

 

「えと、浦原さん?アンタ…ここの店長なのか?」

取り合えず、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。さっきテッサイさんに店長って呼ばれてたよな?

すると浦原さんはこちらを見て、「えぇ。そうですよ。」答えてくれた。

「まぁ・・実際の業務はほぼテッサイがやってくれてるんすがねぇ~。一様ここはアタシん家なんで、アタシが店長って事になってるんスよ。」

へぇ~、と相槌を打ちながら話を聞いていると…

「べ・別に何もしてないって訳じゃないっスよ!帳簿整理とか…裏方の仕事はアタシもやってますから。」

浦原さんは俺を見て、なぜか少し焦った様子で弁解して来る。

どうやら俺が、じゃあアンタは何もしてないんだな…なんて思ったのが顔に出たみたいだ。

話していてそんな様子を見てると、来る前に思ってた印象とだいぶ違くて少し可笑しかった。少々過敏に警戒しすぎてたみたいだ。

その後も色々と話をしていると、どうやら他にも従業員が二名ほどいるみたいだ。

テッサイさんを見ると、後の二人は一体どんな奴らなんだろう…なんか想像つかなくて怖い。

 

そんな事を話していると、テッサイさんがお茶とお菓子を持って戻って来た。

手馴れた手付きでお茶を差し出され、その横に美味しそうな和菓子が置かれる。

目の前の和菓子に思わず目を輝かせていたのだろう。そんな俺を見て、「この和菓子はテッサイのお手製なんです。こう見えてテッサイの作るものは絶品なんですよ~。・・・ささ、遠慮なさらずに召し上がれっv」

テッサイさんが作ったと聞いて驚いたが、目の前の誘惑からは逃れられない・・。

我慢できずにパクッと一口食べてみると・・・「う・うまーーーーーっ!!!!何これ、滅茶苦茶うめぇーじゃん!!」

あまりの美味しさに思わず叫び、夢中であっという間に食べてしまった。

ハッと我に返ってみると、ククッ・・・と傍から笑い声が聞こえてくる。

思わずバッと声のする方へ振り返ると、浦原さんが耐え切れないという様子で笑いを堪えている。

また笑われたっ!!面白がられてると思い、その様子を見てムスッとしてると笑い終えた浦原さんが「スイマセン、別に悪い意味じゃないんスよ。あんまり美味しそうに食べるもんだから・・つい・・・。―――無邪気な様子が、可愛くて・・・ね・・v」

「―――んなッ!!!」

か・可愛いぃーー!??誰がっ!?俺がかっ?・・・んなもん、なお悪いわっ!!

普段、この容姿のせいで絡まれることは合っても…可愛いなんぞ抜かす奴は勿論いなく・・・もはやなんと言っていいか判らない。

俺は顔に熱が集まっていくのを自覚しながら「こ・子供扱いするんじゃねーよッ・・・!!」となんとかこの文句だけは口にした。

きっと俺の顔は今、真っ赤になっているだろう。おかげで顔が上げられない。

 

俺が俯いたままでいると、「だって…君は子供でしょう?少なくともアタシから見たら十分子供ですよ。」なんて言う。

今日が会って2度目だと言うのに、俺のことをガキ扱いするなんて奴は早々いない。・・・やっぱ変な奴だ。

俺は言い返す言葉が見つからずに、悔し紛れに「アンタ・・・何歳だよ。オヤジくせぇーな。」

今言える精一杯の皮肉を込めて、そう言ってやった。

そんな俺を面白そうに見ながら、「少なくとも君よりは年上って事は確かですねんv――当てて見て下さいな。」

なんて余裕たっぷりの答えが返ってきた。

やっぱり大人だな。はぐらかすのが上手いわ・・。

 

そんな妙な事で感心している時、浦原さんが急に話題を切り替えてきた。

「それで黒崎さん、あの本のことなんですがね。――感想を伺いたかったんですが、もう日も暮れてきてしまいましたので…申し訳ありませんが後日、またお聞きしてもよろしいですか?」

浦原さんが、そんな事を言う。

――えっ!?・・・本? そういえば、感想が聞きたいって言われて連れて来られたんだっけ・・。

すっかり忘れてた。

あんまり此処が…居心地がいいから・・、俺。自分が居るのが普通なことのように思えて。

そうだよな・・。用事が済んだらもう、来る理由なんてないんだよな・・。

自分でも変だと思う。連れて来られた時はあんなに渋々着いて来ただけなのに…いつの間にかここに居たいと思う自分がいるなんて。

でも・・・。

 

「―――っ!あ・あぁ、大丈夫だ。」

俺は自分の中の動揺を必死に隠し、なんとかそれだけを伝える。

そんな俺の目をジッと見て・・浦原さんは、「ありがとうございますv――でも・・・君さえよければ何時でも入らしてくれていいんスよ。」

と言ってくれた。

見透かされたっ!?驚きで呆然と浦原さんを見ると、相変わらずヘラヘラと笑っていて考えが読めない。

これ以上、意地を張ってても話は進まないと…もやは半分自棄で

「なんでだよ!?・・こんな餓鬼がちょこちょこ出入りしたら迷惑だろっ!?なんで俺に構って来るんだ!!」

自分でも何を言ってるのか判らなくなってくる。なんでこの人にこんな事言ってるんだろう…?

それなのに、浦原さんはそんな俺の話を黙って聞いていてくれてた。

そして…「そんなことありませんよ。迷惑だなんてとんでもない!・・・元はと言えば、アタシが無理に君に来て貰ったんですから。――寧ろ大歓迎ですよ。・・・それに、アタシには君と仲良くなりたいという下心もありますしねんv」

なんて半分フザケタ感じで答えてくれた。

 

まったく・・浦原さんには振り回されっぱなしだぜ。なんだよ下心って!?

もはや呆れかえって笑っていると、ポンポンと頭を優しく叩く手があった。

「それに、君が来てくれるとテッサイも喜ぶと思いますんで。」

そう一言付け加えた。どうやらテッサイさんは俺がお菓子を美味しそうに食べたのにいたく感激し、また食べに来て貰いたいらしい。

なんだ…。俺一人で動揺して馬鹿みてぇーじゃんか・・。

その言葉と頭に感じる体温に俺はホッとし、

――いいんですよ。まだ君は人に甘えても―― 浦原さんの手から伝わる体温から、そう言われた気がした。

 

 

 

 

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