――チリン――チリンン―――
鈴の音は確実に近付いてくる。一体なにを求めてるというのか・・。
それは、誰しも知る由も無かった。
放課後。走って行く場所がある。それはもう予定が無い限り、毎日の習慣にすらなっていた。
ガラガラッ―。「こんちはーー!浦原さんいるかー?」
何時ものように浦原商店へ入り、声を掛ける。
けれど反応は無く、店の中はシーンとしていた。
あれ?変だな…?何時もなら――「はいはい~、ちょっと待ってて下さいね。・・・いらっしゃい、黒崎さんv」
って感じで浦原さんが出迎えてくれるのに。
そんな事を考えていると、中からテッサイさんが出てきてくれた。
「ややっ!これはこれは黒崎殿。お待たせして申し訳ございません。――店長でしたら只今部屋に篭っておいででして・・・直ぐにお呼び致しますので、ささっお上がりになってお待ち下さいませ。」
へぇ~、珍しいな。いつも浦原さん、いつ仕事やってんだ?って思うくらい俺が来た時は何もしていないのに…。
「いや・・でも、わざわざ呼びに行かなくてもいいですから・・・。」
慌てて言うが、「いえいえ、とんでもございません。むしろ黒埼殿に来て頂けたおかげで呼ぶ口実が出来ましたので、ありがたい位ですよ。
――それに黒崎殿がいらっしゃっているのに伝えなかったとなると、私が怒られてしまいます。」
そう言ってテッサイさんは居間へと案内してくれた。
どうやら浦原さんは普段篭ると、なかなか出てこないらしい。しかも急ぎの用事以外は部屋へ入ってはいけないとか・・。
おいおい・・大丈夫なのかよ、それ?
それに以前浦原さん、店長の他にも仕事してるとか言ってたような?もしかして今がそれだったり!?
やばい時に来てしまったのではと思っていると、テッサイさんが戻ってきた。
「黒崎殿。申し訳ございませんが店長は今、手が離せないとの事で・・・」 あぁ、やっぱり忙しい時に来てしまったのか。
そう思い、これ以上迷惑をかける前に帰ろうとすると、「・・ですので、本日は部屋へお越し頂きたいとの事でしたが宜しいですかな?」
・・・ヘッ?部屋?‥俺が行ったら邪魔になるんじゃ・・。
「あの、いいんすか?」 恐る恐る聞いてみると、
「勿論でございますとも!それでは、あまり遅くなりますと店長もヤキモキしてしまいますので参りましょうか。」
俺が遠慮していると、テッサイさんはその間に浦原さんの部屋へと案内してくれた。
どうやら一番奥の間がそうらしい。
「では私はこれで――。」 部屋の前まで来ると、そう言い残してサッと戻って行った。
ここが浦原さんの部屋――。初めて訪れる事もあり、ドキドキしながら「浦原さん、俺です。黒崎ですけど・・。」と声をかけると
「どうぞ、入っていいっスよ~。」といつも通りの暢気な声が返されたので、そぉ~っと襖を開けて入った。
「うわぁ・・・ッ!!ここが‥浦原さんの部屋?」
そこは見渡す限り、紙紙紙・・。あちこちに紙の束や本が山積みにされ、その片隅に浦原さんが机に向かって座っている後姿が見えた。
下手に入ると色々踏みそうで、入るのを躊躇っていたら「あ、ちょっと待ってくださいねぇ~。」
浦原さんは相変わらず背を向けたまま、何やらパソコンで作業をしていたかと思うと「・・・っと、よし。」 ―カチッ―
そう言ってキーを押し終えたかと思うと振り返り、辺りに散らばっている紙を適当に手で除けて座るスペースを作ってくれた。
「すいませんね~散らかってて。どうぞ適当に座って下さいな。」
話しながら、ちゃぶ台の上の書類も退かしている。
別に浦原さんの部屋が綺麗に片付いているとは思っていなかったが、想像以上に酷い。
つい、物珍しそうに辺りをキョロキョロ見回しながら…「おぅ。・・お邪魔‥しますっ。」 そう言ってちゃぶ台の前に座った。
いつもの様にテッサイさんお手製のお茶菓子を食べているのだが…浦原さんの部屋で二人っきりという事もあって何だか落ち着かない。
それに、目の前でニコニコして此方を見ている視線がかなり気になるし。
その沈黙に耐えかね、先程から気になっている事を聞いてみることにした。
「あの、もう用事は大丈夫なのか?」
そうだ。浦原さんは手が離せないから部屋へ来て欲しいと言っていた筈だ。俺が来てからずっとこの調子だけど、もう用事は済んだのかと…何をしていたのか、無性に気になった。
「あぁ、あれッスね。実は今日、急ぎの仕事が入ったんですが‥先ほど終わらせたんでもう大丈夫ッスよ~。」
―折角の黒崎さんとの時間を潰されたら、たまったもんじゃないですからねんv― そう言って背後から圧し掛かるようにくっついて来た。
「ばっ!引っ付くなって。」 焦って押し返そうとするが、全く離れる様子は無い。
それどころか「いいじゃないっスか~、最近テスト勉強でちっともきてくれなかったんすから~。」―黒崎さん不足なんです―などと言ってじゃれついて来る。
最近、ここに通うようになって幾つか分かった事がある。
実のところ浦原さんは結構人懐っこくて、てスキンシップが多い。初めの頃は冷たい印象があったのでビックリしたが、今では慣れっこだ。
まぁその分、気に入らない相手には結構冷たいような気もするが・・・。
次にこの店の従業員達だ。後二人はどんな人かと思えば、二人とも子供でこれはかなり驚いた。
どちらかと言うと、同居人とか言うんじゃねぇか?と思う。
浦原さんの子供じゃ無いみたいだし…どう暮らしてたらこんな変わった面子が揃うんだ?と突っ込みたくはなるが、
傍から見ても浦原さんは二人の事を大切にしているのが分かるし・・何だかんだで、詳しい事情は聞きそびれている。
実際、謎だらけでやっぱり不思議な人だと思う。でも、なんか浦原さんの傍に居ると‥安心するんだよな。
それに・・俺には関係ない事かも知れないけど、もっと浦原さんのことが知りたいと思ってしまう。
こんな気持ちは初めてでよく判らないが、好奇心なのかな?
今は放課後のお茶請け友達?みたいになって、少しは気を許してもらえてるのかと思うが、一つ・・言いようの無い壁を感じる。
それはこの店の暗黙の了解のようなもので・・・
「・・・き・さん、黒崎さん。」
いつの間にか物追いに耽っていた俺は浦原さんの呼びかけでハッと我に返った。
「どうかしましたか?ぼんやりとして。」 心配そうにしている浦原さんに「あ・あぁ‥大丈夫だ、何でもねぇ。」 と咄嗟に誤魔化した。
すると浦原さんは俺のことをジィーーーッと覗き込んで「本当ッスかぁ~?・・アタシには言えない事?」
少し悲しそうにしている様に見えたので、焦って「えと、いやそうじゃなくて‥そのさっき浦原さん急ぎの仕事をしてたって言ってたじゃん。何してるのかな‥と俺が聞いてもいいのかなと思ってて・・・。」
浦原さんのそんな表情は見て居たくなく、つい咄嗟にそう言った。実際、何の仕事をしているのかも気になっている事の一つだ。
「あぁ、それッスか。・・・言ってませんでしたっけ?」
はてっ?と不思議そうに口に手を当てて首を傾げてる浦原さんに「言ってねーーよッ!!だからその・・」 思わず声を荒げてしまった。
あれ?・・今俺、何を言おうとした? 気になって知りたかった?‥だったら普通に聞けばいいのに、なんでこんなに躊躇ってるんだ・・。
まるでこれじゃぁ・・・・。いやいやいや!待て俺!?何考えてんだ!・・そうだ、浦原さんみたいな人初めて知り合ったから‥この場所があんまりにも居心地よく感じてしまうから、失いたくなくて躊躇っただけだっ!うん、そうに決まってる。
そうブツブツ自分に言い聞かせていると「それはスイマセンでした。・・そんなんで話てたら気になりますよね。」と言い、
実はですね~と楽しげに話し出した。
「アタシ、これでも一様物書きをやってるんスよ。・・まぁ本屋で売ってる小説みたいなのとかですね。たまに専門書みたいな変わった依頼も来ますが…、先程のもその仕事だったっていう訳ッスv」
―全く、黒崎さんとの時間に急に依頼寄こさないで欲しいッスよね。―
そう、文句を言いながら淡々と説明してくれた浦原さんになぜかホッとしつつ、―どうっスか~?アタシの事、惚れ直しちゃいましたか?v―
なんてふざけて言ってるので一撃で黙らせておいた。
しかし、物書きって・・・「書いてるのってここに散らばってる奴か?」
だってこの紙束、結構滅茶苦茶に積み上がってるぜ。しかもお世辞にも保管してるとは言えない。いいのかよ、こんなんで?
そう心配してるのが伝わったのか、「あぁ、それは正確には違いますよん。仕事のはパソコンで入力して送ってるんで。・・・それは、アタシの趣味で書いた話みたいな物ですかね。」
と、サラリと言いのけた。
は?仕事とは別に書いてる?「それって・・失敗作ってことか?」 おずおず尋ねてみると、「違いますよん。」とあっさりと返事が返ってきた。
「これでもアタシ、一部には有名な作家なんですよん。でもあるジャンル以外書くと、イメージが崩れるって禁止されてるんスよね。・・・だからと言って出版社としては他で出されるのも嫌だから、別人の振りして書くのも駄目って訳なんです。」
―まぁ、アタシは書きたいだけなんで売らなくても別にいいんで~― と暢気にそんな事を言っている。
「ぅをい!それって凄ぇー勿体ねぇーんじゃないのかっ!?いいのかよ、それで・・。」
すると浦原さんは寝転んだかと思えば肘を立てて此方に振り返り、「いいんスよ。黒崎さんは優しいッスね~v・・それにアタシ、あまり表に出たくないんです・・。」
そう言って書いた原稿を弄っていると、「そうだ!」と何か閃いた様で急に起き上がって俺に言った。
「確かに、黒崎さんの言うとおり…誰にも読んで貰えないのは原稿が可愛そうッス・・。だから、黒崎さんが読んで下さいなvねッ?名案でしょ?」
―アタシって頭良ぃ~。これで黒崎さんも来てくれて一石二鳥ッスねんv― などと抜かしてる。
・・・俺はそんな事を言ったつもりじゃ無いんだが、何処か話がずれている。
でも、浦原さんがどんな話を書いてるのか読んでみたい。しかも俺だけが読める話なんてッ!
俺はその誘惑に耐え切れず、読みに来る事を約束してしまった。
「でも浦原さん、なんてハンドルネームで本出してるんだ?」
今度、買ってみようと思って聞いてみると・・「フフッ‥それは、秘密ッスv」 ―だって恥ずかしいじゃないっスかぁ~。―
なんて言うもんだから余計に気になってもう一度聞いてみると、「そんなに気になります?・・しかたありませんね。アタシのハンドルネームはありませんよ。本名ですから。」と教えてくれた。
ん?でも本名って・・?「じゃあ『浦原』なのか?」と聞くと、「さぁ、どうでしょうねぇ~v」と楽しげに笑ってる。
よく考えると俺、フルネーム知らねーじゃん!コイツ・・初めから教える気無いだろッ!!
また浦原さんのペースに乗せられたと、ムカムカしていると・・
「でもいいっスね~。部屋だと黒崎さんに引き剥がされないしv・・・今まで呼べる状態じゃなかったんで居間で話してましたが、今度からはアタシの部屋にしましょうねんv」
そんな事を嬉しそうに言うもんだから、「―ッ!そんなんじゃねぇー!!ただ‥そうだ。下手に動くとその辺のもんが崩れるだろうがっ!だからだなぁ・・。」
真っ赤になって反論する俺を楽しそうに見ながら「そうですね・・黒崎さん、優しいから。」 ―嫌って言えないんスよね・・―
と急に表情を曇らせるものだから、「えッ!…でも、嫌って訳‥じゃぁ・・。」と言って顔を上げるとそこにはニンマリ笑った浦原さんが居て・・
「じゃあ、決定スねんv」とニコニコしながら言った。
くそっ!!騙されたぁ~~ッ!!悔しくてジタバタしていると、急に浦原さんが真面目な顔をして・・・
「黒崎さん、そろそろ日が沈みますよ。・・遅くなると親御さんも心配すると思いますので、残念ッスが今日はこれで・・。」
そう言った。
そうだ、これが俺の感じる浦原さんからの壁。しばらくは気が付かなかったが浦原さんは必ず日が沈む前に俺を帰す。
まだ早い日でも・・・。
けれどもそこには優しく言うが逆らえない空気があり、今日も俺は日が沈む前に浦原商店を出た。
「・・・・・スイマセンね。黒崎さん。」
店先から見送る浦原が、一護の後姿を眺めながらそう呟いたのは誰にも届くことは無かった。